市販マスクでアーク溶接 臨検時の現認で送検 高岡労基署
2021年7月7日のニュース記事から「市販マスクでアーク溶接 臨検時の現認で送検 高岡労基署」について紹介したいと思います。
記事詳細はリンク先からご確認していただくとして、ポイントは以下の通りと思います。
- 概要は「富山・高岡労働基準監督署は、アーク溶接作業時に防じんマスクなどを使用させなかったとして、金属製品製造業の会社と同社課長を労働安全衛生法第22条(事業者の講ずべき措置等)違反の疑いで富山地検高岡支部に書類送検した」とのこと。
- その違反内容とは、「労働者1人に対し、市販のマスクを使用させて作業に当たらせていた」こと。
- 経緯としては「同労基署が今年3月に同社へ臨検に入った際に違反を現認し、送検に至っている。安衛法では、アーク溶接の際に発生する粉じんによる健康障害を防止するため、防じんマスクなどの有効な呼吸用保護具を使用させなければならないと規定している。」とのこと。
何がまずかったのかを一つ一つ見ていきたいと思います。
アーク溶接作業時に防じんマスクを着用させていなかった
改正特化則で溶接ヒュームが特定化学物質(第2類物質)に指定されました。厚生労働省のパンフレットが分かりやすいのでご覧下さい。
このことによる特化則の改正で第38条の21の規定である「金属アーク溶接等作業に係る措置」が改正されました。
第三十八条の二十一 事業者は、金属をアーク溶接する作業、アークを用いて金属を溶断し、又はガウジングする作業その他の溶接ヒュームを製造し、又は取り扱う作業(以下この条において「金属アーク溶接等作業」という。)を行う屋内作業場については、当該金属アーク溶接等作業に係る溶接ヒュームを減少させるため、全体換気装置による換気の実施又はこれと同等以上の措置を講じなければならない。この場合において、事業者は、第五条の規定にかかわらず、金属アーク溶接等作業において発生するガス、蒸気若しくは粉じんの発散源を密閉する設備、局所排気装置又はプッシュプル型換気装置を設けることを要しない。
2 事業者は、金属アーク溶接等作業を継続して行う屋内作業場において、新たな金属アーク溶接等作業の方法を採用しようとするとき、又は当該作業の方法を変更しようとするときは、あらかじめ、厚生労働大臣の定めるところにより、当該金属アーク溶接等作業に従事する労働者の身体に装着する試料採取機器等を用いて行う測定により、当該作業場について、空気中の溶接ヒュームの濃度を測定しなければならない。
3 事業者は、前項の規定による空気中の溶接ヒュームの濃度の測定の結果に応じて、換気装置の風量の増加その他必要な措置を講じなければならない。
4 事業者は、前項に規定する措置を講じたときは、その効果を確認するため、第二項の作業場について、同項の規定により、空気中の溶接ヒュームの濃度を測定しなければならない。
5 事業者は、金属アーク溶接等作業に労働者を従事させるときは、当該労働者に有効な呼吸用保護具を使用させなければならない。
6 事業者は、金属アーク溶接等作業を継続して行う屋内作業場において当該金属アーク溶接等作業に労働者を従事させるときは、厚生労働大臣の定めるところにより、当該作業場についての第二項及び第四項の規定による測定の結果に応じて、当該労働者に有効な呼吸用保護具を使用させなければならない。
7 事業者は、前項の呼吸用保護具(面体を有するものに限る。)を使用させるときは、一年以内ごとに一回、定期に、当該呼吸用保護具が適切に装着されていることを厚生労働大臣の定める方法により確認し、その結果を記録し、これを三年間保存しなければならない。
ニュース記事によると、有効な呼吸用保護具ではなく、市販のマスクを着用させていたということなので、今回の違反事例は則第38条の21第5項もしくは第6項の違反事例かと思われます。
「かと思われます」という微妙な表現を使用した意図を言いますね。正直に言いますと、法令のどの条文に違反したのか、お馬鹿な私の頭がついていっていないので、含みを持たせているだけなのですが・・・、そこも粘り強く一つ一つ見ていきたいと思います。
経過措置の存在
含みを持たせた理由は経過措置の存在です。
則第38条の21第6項には経過措置があります。その内容は下記に抜粋する通りです。
附 則 (令和二年四月二二日厚生労働省令第八九号)
(施行期日)
第一条 この省令は、令和三年四月一日から施行する。
(測定等に関する経過措置)
第三条 新規則第三十八条の二十一第二項に規定する屋内作業場については、令和四年三月三十一日までの間は、同条第三項、第四項、第六項から第八項まで及び第十項(同条第六項の呼吸用保護具の使用に係る部分に限る。)の規定は、適用しない。
つまり、則第38条の21第6項が適用されるのは令和4年4月1日からなのです。何故かというと、則第38条の21第2項の規定にある「当該金属アーク溶接等作業に従事する労働者の身体に装着する試料採取機器等」(つまり「個人サンプラー」のこと)を用いて行う測定を行い、その結果に応じて換気装置の風量の増加その他必要な措置を講じなければならず(則第38条の21第3項)、その措置後に改めて個人サンプラーによる再測定を実施する(則第38条の21第4項)ことになります。その測定結果に応じて有効な呼吸用保護具を着用させるように規定しているのは「則第38条の21第6項」なのです。
つまり、この一連の流れには経過措置があるため、ニュース記事にある「有効な呼吸用保護具ではなく、市販のマスクを着用させていた」という違反事例は則第38条の21第6項ではなく、則第38条の21第5項に違反したと推測されます。
同労基署が今年3月に同社へ臨検に入った際に違反を現認し送検した
改正特化則の下、経過措置のある中で、労基署による臨検検査の結果、単純に則第38条の21第5項の違反が明らかとなり、結果、安衛法第22条違反となったと推測されます。
ちなみに、安衛法第22条の規定は「第四章 労働者の危険又は健康障害を防止するための措置」の条文であり、「事業者の講ずべき措置等」として規定されています。
(事業者の講ずべき措置等)
第二十二条 事業者は、次の健康障害を防止するため必要な措置を講じなければならない。
一 原材料、ガス、蒸気、粉じん、酸素欠乏空気、病原体等による健康障害
二 放射線、高温、低温、超音波、騒音、振動、異常気圧等による健康障害
三 計器監視、精密工作等の作業による健康障害
四 排気、排液又は残さい物による健康障害
つまりは、この粉じん対策を事業者は怠ったということです。
その怠った内容は何かというと、則第38条の21第5項の違反です。条文を改めて見ると以下の通りです。
5 事業者は、金属アーク溶接等作業に労働者を従事させるときは、当該労働者に有効な呼吸用保護具を使用させなければならない。
ここに書かれている通り、金属アーク溶接等作業に労働者を従事させるときは、防じんマスクなどの有効な呼吸用保護具を使用させないといけないのですが、それを怠った訳ですね。
ニュース記事の内容に戻って実際にあった場面を想像しますと、労基署の臨検検査が金属アーク溶接作業を行っている事業所に対して行われた結果、現場で、防じんマスクではない市販マスク(恐らくコロナ対策マスクのようなものだったのでしょう)を着用している作業員が居られ、それを労働基準監督官が見つけて違反となった、というところでしょうか。何故、この企業に臨検検査に行ったのかは知る由もありません・・・。
令和3年度労働衛生コンサルタント試験対策の観点から
今回の事例を法令の根拠を基にいろいろ調べてみましたが、2020年度から2021年度にかけての目玉改正事案である溶接ヒュームの特化物指定による特化則改正、個人サンプラーのことがゴロゴロ入っていることが分かります。
これらは2020年度の試験を受けた私にとっては、法令改正前だったため、試験範囲外だったのですが、2021年度の試験にはバッチリ出てきそうですね。
また、このような違反事例を覚えておくと口述試験対策にもなります。受験を予定されている方は要チェックです!!
最後に
今回、違反事例を基に、コンサルタント試験でカバーできていなかった改正法令の部分を勉強できたことは収穫でした。勿論、改正法令の内容自体は知っていたのですが、細かに見ていくことで理解が深まりました。
一方で、コンサルタントであるからには、常に最新動向をしっかり押さえておかないとコンサルティングはできないよねっ、ということも今回の勉強のきっかけだったのです。
もう少しサラリと深掘りできたらよかったのですが、案外時間がかかったことが反省点です。コンサルティングの現場でこれを聞かれていたら、瞬時にお答えしないといけない訳ですから・・・。
ということで私の精進の日々はまだまだ続きます。