作成日:2023年 5月1日

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1.はじめに

 

労働衛生コンサルタント試験に合格した後の私の歩みを1年単位でまとめたものを「労働衛生コンサルタント試験合格後@20??」として紹介しています。2021年の歩みをまとめた「労働衛生コンサルタント試験合格後@2021」が初めてでしたので、今回の2022年の歩みのまとめは2回目になります。諸事情があり、記事のupが5月になってしまいました。

 

これは自分のための備忘録のようなものですが、特に隠すようなことでもないため、このHPのオープンソースの精神に則り公開します。勿論、大人の事情で隠すべきところはしっかり隠しておりますのであしからず。

 

2.「労働衛生コンサルタント試験合格後@2022」の読み方

 

2021年の歩みをまとめた「労働衛生コンサルタント試験合格後@2021」は、概ね時系列に沿って記載しており、その時々の「労働衛生コンサルタント合格後」カテゴリーのブログ記事(001~023)が参照できるように文中にリンクをつけました。

 

一方、今回の「労働衛生コンサルタント試験合格後@2022」は「大学院の学業と仕事の両立」に絞って記載しています。

 

大学院関係についてはブログ記事の「労働衛生コンサルタント合格後」というカテゴリーで不定期に更新してきましたが、その大学院への進学の裏であった学業と仕事の両立についてはブログ記事ではほとんど触れていなかったからです。

 

このことを踏まえ、以下に示す事項を踏まえてお読みいただければ、より内容の理解が進むと思います。

 

  • はじめてお読みになる方は「労働衛生コンサルタント試験合格後@2022」をそのまま冒頭から最後までお読み下さい。民間企業に勤務しているお馬鹿管理人・采々が、大学院生となったことで「大学院の学業と仕事の両立」をどのように乗り越えてきたかを書いています。

 

これをご覧いただくと、社会人として大学院での学びを検討しようと思っておられる方へのご参考になるかもしれません。

 

  • ご一読後に大学院での研究をどのように対応してきたかご興味があれば、ブログの「労働衛生コンサルタント合格後」をポチっと押していただくことで、該当記事をご覧いただくことができます。「労働衛生コンサルタント合格後 025」以降が大学院関係を主に扱った記事になっています。

 

3.「労働衛生コンサルタント試験合格後@2022」

 

2022年の私の歩みを記しますが、主な内容は「大学院の学業と仕事の両立」です。

 

大学院関係についてはブログ記事で不定期に更新してきました。一方、その大学院への進学の裏であった学業と仕事の両立についてはブログ記事ではほとんど触れていません。

 

以降では、これらを中心に書いてみたいと思います。そして、最後にはある思いに至ったことも少しだけ触れています。

 

お付き合い下さいまし。

 

大学院の学業と仕事の両立

 

大学院への入学を決意したのは2021年7月頃だったと思います。

 

決意前には仕事と学業の両立はできるのだろうか?ということも少しは考えました。巷にはそういう情報も溢れていますが、私の場合どうなるかなんて私を取り巻く状況が他の人と違うから参考にならんと思ったので全く参考にしませんでした。

 

そこで、あらかじめ大学が公表しているシラバスはチェックしました。ただ、これとて実際に入学したらどの程度影響があるか分からないしということです。一番気になったのは研究に割く(割かれる)時間です。これは完全に未知数でした。

 

仕事との両立で重要な考慮ポイントは「仕事について自分にある裁量権がどの程度か?」だと思います。この点について、私の場合には幸いにして大体自分で決められる立場にあったというのが大きかったと思います。

 

また、すでに「行動してから考える」(私の心のメンターの一人、ハーミニア・イバーラ先生の教え)のマインドになっていたので、「なんとかなるさっ!」と思って入学を決意しました。

 

そして、今(この記事を執筆している2023年4月現在)、大学院1年次を終え振り返ってみて、仕事と学業の両立がどうだったかを自分なりに評価したいと思います。

 

大学院1年次に要した時間数

 

まず、大学院に割いた実際の時間数を示します。

 

講義関係:212時間➡①

研究関係:

Y教授とのゼミ:56時間➡②

研究計画立案・準備:かなりの時間(おそらく100時間以上➡③)

研究データ取得:26時間➡④

研究に関する日々の自己学習:かなりの時間(おそらく100時間以上➡⑤)

小計      282時間(②+③+④)➡⑥

合計 494時間(①+⑥)➡⑦

 

一部正確な時間は出ませんが、その他はかなり正確に時間を記録しています。「何で時間を記録しているの?」と思った方もいると思います。これはコンサルタント会の生涯研修制度用に事後に要した時間を整理したのです。①は正確ですが(後述しますが、①に関する質疑の時間は省いています)、必修講義以外も含みます。私は大学に掛け合って専攻学部以外の学部の講義についても聴講できるように許可いただいたのでそれらの時間も含みます。②は正確です。③⑤は正確性を欠きます。④は最低時間数がこの時間ということでこれも正確性を欠きます。

 

このような前提ではありますが、単純計算すると⑦の合計494時間となります。一年に押し並べて考えると、⑦を単純に365日で割ると一日あたり約1.4時間となりますね。実際には③⑤にはもっと時間をかけていると思いますが、カウントしていないのでそれぞれ100時間としてそれ以上は考慮しないことにしました。

 

講義(①)やゼミ(②)などは相手が居ることなので(私の場合④も含む)、何日の何時の講義を受けるなど日時の縛りのある対応となります。ある面予定が立てやすい内容です。

 

一方、研究計画立案など(③⑤)は自分一人でできるので自分の時間を使う訳です。

 

平日は週に2から3日程度講義に参加し、研究関係は平日の自分の時間(通勤時間、講義の無い日の朝および夜)、休日の自分の時間(土日祝の約3分の2)を充てたイメージでしょうか。

 

この494時間とそれをいつ使ったのかを客観視したときに、大変と思うかどうかはその人次第だと思います。冒頭に書いたとおり、その人を取り巻く状況はひとそれぞれだからです。

 

そして、何のために大学院で学ぼうと思ったかにもよります。

 

単に学位が欲しいだけなら、この時間はとてつもなく長く無駄に思えるかもしれません。そんな人は最小限に抑えたらよいのです。しかし、私のようにしっかり学ぼう、学びを楽しもうという人はこれらに要する時間は自分への投資、いやそれ以上だと感じると思うのです。

 

私はこの大学院1年次に要した時間をどうとらえたか

 

では、私はこの大学院1年次に要した494時間をどうとらえたかを少しお話します。

 

私にとって大学院に要した時間はとにかく「楽しく幸せな時間」だったと思います。理由は、大学院での学びを本当に楽しんだからです。

 

講義は毎回エキサイティングでした。なぜなら、学びたい分野のスーパースターから最先端の内容を聞けるからです。

 

そして、毎回の講義の後は必ず質問しそれが長時間のディスカッションに繋がることも度々でした。そのディスカッションを通じて、さらに深い知見を得ることや、トップランナーの先生方の思考に触れるなど、大変貴重な機会だったと感じました。

 

他の多くの大学院生は講義に対して質問しないのです。これは勿体ないことだと思います。あるときある先生が言われました。「大学の教員というのは学生から聞かれたことには100%答えないとダメなのです。ですから皆さんも何かあればいつでも教員を捕まえて質問して下さい。例えその教員がどんなに忙しかろうが、重要な立場に居ようが構うことありません」と。そういえば、約30年前、私が学生だった頃もそうだったなと思い返しました。

 

質問するとその先生の思考に触れると書きましたが、さらに書くと、その先生の人間性にも触れることになります。

 

大学の教授と言えども一人の人間です。話していくうちに教員ではない人間の一面が見え隠れることがあります。私が他の大学院生と異なり、会社での経験豊富ということやそれなりに歳をとっていることも話の切り口になって、それが高じて気さくに話せたり、仲良くなったりもしました。

 

「オンライン講義というのは味気なくて質問はまず出ないから寂しいものだ。質問してくれて本当にありがとう」と、ある学会でも超有名な先生から言われたときには嬉しかったです。また、あるときには「こうしてオンラインで話すだけでは勿体ない、次に来学する際には研究室に是非立ち寄ってほしい」と、国の委員会にも参加される著名な先生から言われたこともありました。こんなことを言われたのは一度や二度ではありません。これも元はと言えば、質問したことがきっかけです。

 

「質問する」というのは単なる切り口にすぎません。大学院に入学したからには学生の権利を行使して「とことんしゃぶり尽くせばよい」と思ったので、それを実行に移しただけのことです。歳をとっていようが学生には変わりありません。学生という立場を100%使って存分に大学から享受をうけたら良いと私は思います。

 

あっそうだ、今思いましたが、「講義関係:212時間➡①」の時間は正確と書きましたが、この質問時間は入れていないので、実際にはもっと長いと思います・・・。ほぼ全ての講義で質問し、短い時には数分程度でしたが、一番長くてもその後のディスカッションも入れたら2時間くらい喋っていたこともありました。

 

また、研究関係ではY教授から毎回すばらしい指導を、ゼミを通じていただけましたし、研究活動を通じてこれまで私が抱いていた疑問を解き明かすことができるかもしれないというエキサイティングな体験をしてきました(研究は現在進行中です)。

 

そして、毎回ゼミを重ねることで、Y教授の教育者、研究者としてのすばらしさに触れることができました。そして何よりもすばらしい人間性に触れることで、私の人生初のメンターと思うに至ったのです。でも、こんな私でも少し恥ずかしくて面と向かって「先生は私のメンターよ」とまだ言えていないのです・・・。年賀状やメールには書いているのですが・・・(お馬鹿でちょっぴり恥ずかしがり屋さんな私でもあります・・・)。

 

つまり、大学院での494時間もの時間は、私にとっては楽しく幸せな時間だったのです本当にありがとうなのです!

 

「おいおい、きれいごとばかり言うなよ、もっとドロドロした話はないのか?」という読者諸氏の皆様からの疑問もあろうかと思います。

 

はい、ありましたよ、いろいろと。

 

その点にも触れたいと思います。

 

正直しんどかったこと

 

研究関係では、計画提出や、研究データ取得(私の場合は研究参加者から直にデータ取りしたので日時を決めて対応したのです)などは〆切や相手との調整した日時という時間の制約が発生しました。そして、それらは会社での仕事の繁忙期と重なり、時間的にしんどいと感じました。

 

ですから、そんなときにはどうするかというと「頑張る」しかないのです。そうです、自ら選んで歩む道なので「頑張る」しかないのです。

 

また、これら時間的なこと以外にもしんどいことはありました。

 

いつもニコニコのY教授から厳しいことを言われたりしたときや(労働衛生コンサルタント合格後 034)、研究参加者が思うように集まらない時には相当焦りました・・・(労働衛生コンサルタント合格後 035)。それが仕事なら自分なりの打開策があるのですが、大学院での研究となると私はど素人なので打開策もこの世界のお作法に則っているのか分からず苦悶しました。

 

どうしようもないと思ったときには正々堂々と助けを求めることもしました。特にY教授には助けてもらいました。学生という立場を最大限利用して。「Y教授、どしたらええの?」なんて感じで。

 

その他に、休みの日に朝から晩まで一日中部屋に閉じこもってPCや学術書に向かっていることもしばしばでした。パートナー曰く「傍から見てみても相当大変に見えていたし、声もかけられない感じで殺気立っていた」という感じだったようです。

 

こんなことを多々経験し、確かに「しんどいなあ」とか「苦しいなあ」と思ったこともありましたよ。

 

ただ、自己分析すると、そんなしんどいときにも「楽しむ」というマインドを忘れない自分がいたと思います。「それはあなただからできることでしょっ?」と当HPに集う方々やごく近しい方にも言われたこともありました。

 

そうかもしれません。それは、一つの事実をどんな切り口で捉えるかでその後の対応が変わってくるということだけなのですが・・・。

 

そうです、私の特技は何でも楽しいと思えるように変えることです!「きっと、このことは私が成長できることに繋がる」「どうせやるんだったら楽しんでやろう」という発想です。そう思えない方には参考にならないかもしれません。でも、この記事を読んでこんなお馬鹿な奴でも何とかなるんやな~と思っていただけたなら幸いです。

 

仕事への取り組み方の変化

 

仕事との両立はどうだったのか?をもう少し深堀したいと思います。

 

確かに仕事の繁忙期と重なる場合は大変でした。それは頑張って何とか切り抜けたのですが、仕事の世界ではもっと大変なことは日常茶飯事なので、それに比べると全然大変ではなかったということになります。

 

そうして、仕事と大学院を両立する過程を通じて、仕事への取り組み方が変わったという点もありました。

 

きっかけは、年度初めの18時からの講義にオンライン参加するために手間取ったことでした。オンライン参加の手段として、当初は会社でWiFi接続して途中抜けして参加してまた仕事に復帰する前提でした。

 

しかし、それを初めて試したところ、会社では自前のWiFi接続環境が悪いことが判明したのです。何度か試してもダメだったので、思い切って帰宅してから参加することにしたのです。

 

そうするためには16時過ぎには会社を出なければなりません。元々、朝が早かったので、16時過ぎに退社しても最低以上の就業時間は確保できました。しかし、講義のある日には会社に居る時間が短くなったので、必然的にこなせる仕事の量が少なくなりました。これを講義の無い日にカバーしていました、当初は・・・。

 

しかし、そんな日々を送るうちに仕事への取組み方を変えようと思うようになりました。結果的に、講義に無い日の仕事のカバーをほどほどにすることにしたのです。ほどほどにする前の状態とは、帰宅が午前様になっていたということです。

 

産業衛生・産業保健に関わる身として、自分自身が長時間残業を平気でやっていたら示しがつかないという気持ちもありましたし、それはY教授からも度々指摘されていたことでした。「そんなことやってたらダメよ、ダメダメっ」って感じで。

 

ですから、思い切って、仕事はほどほどにすることにしたのです。勿論それができるようにいろいろ整備しましたが、要するに「働きすぎ」だったことを少し解消したのです。

 

これは私にとっては重大な決断だったのです。何年も働きすぎの状態だったことを自覚していました。立場のあるサラリーマンにとっては当たり前という意識があったのも確かです。しかし、時代は変わっています。こんな考えははっきり言って古いのです。そのことに見切りをつけ、実行に移したことに、私には「とてもとてもとても意味があること」だったのです。

 

それによって、学業と仕事の両立は途中から少し楽になったと感じ、さらに大学院での学びが楽しくなりました。

 

仕事への思いの変化

 

このように仕事への取組み方が変化していったのは、何も時間だけが影響したのではありません。大学院での学びからも影響を受けたことにもよります。

 

大学院での専門領域での研究テーマのコア概念が決まったのが2022年7月頃だったと思います。そこからはそのコア概念を研究テーマにしていくための学びを主に進めました。同時並行して、そのコア概念の周辺領域の自己学習も進めました。

 

その周辺領域の学びの一つは組織行動学でした。

 

組織行動学はとても広い概念だと思います。その中で私が学びの対象としたのは、組織の中の個人および集団の行動・動機付け・意思決定・コミュニケーション・リーダーシップなどです。これらを学ぶことで研究のコア概念の理解に繋がると思ったからです。結果的にこの学習を進めることで、当初意図した通り、コア概念の理解に繋げることができたのは収穫でした。

 

一方、この学びを通じた副次的な効果がありました。

 

それは、現実の世界で起きる組織行動に関する見方が大きく変わったことです。

 

具体的には、国、委員会、会社などの「いわゆる組織」での様々なことについて、これまで単に不条理や不可解だと思っていたことについて、学術的な観点から少し理解できるようになったのです

 

例えば、「▲集団は組織の中で何のために存在しているのか?」「その▲集団の意思決定の在り方はどうなのか?」「何でこんな無駄なことをさせるのか?しているのか?」「その▲集団の意思を受けて何で●さんはいつも生産性の無い無意味な行動ばかりチームに強いるのか?」等々です。いずれもあまり大きな声で言えませんが・・・。

 

つまり、組織の中の集団および個人の行動が完全にとは言わないまでもそれなりに説明できる形で理解できるようになったことで、単に不条理や不可解だと思っていたこれらのことへの説明がつくようになったのです。

 

その結果として「どうしようもないな」「非常に残念だな」と思うようになってきたのです。

 

これだけで終わると単なる傍観者なので、私に関わることで何とかなりそうなものについては新しい知識を動員して何とか良い方向に向かうようにしようと思い行動を起こしました。行動を起こしたことで良くなったこともあったのですが、変わらないものも多々ありました。そして、変わらないものがなぜ変わらないかも、組織行動学の観点から理解し始めていました。

 

そして、会社などの組織集団の中での組織行動が分かるにつれ、日々、残念だと思うことが増えていきました。これは、うまく機能している組織ならこうは思わなかったのかもしれませんが、どちらかというと、私の所属している組織はそうではなかったのかもしれません。勿論、私の一方的な見方もあるのでかなりバイアスがかかっていると思いますが、当たらずとも遠からじと思っています。

 

このように大学院の研究の周辺分野の勉強として組織行動学をかじった結果、現実の組織がやけにつまらなく残念に思えてきました。一方で、コンサルタントはそんな組織を活性化しないといけないという仕事でもあることに難しさも感じました。

 

このような思いは一人で悶々としていた訳ではなく、大学院のY教授とのゼミでも毎回のように議論しました。Y教授はそのような思いに対して「ダメだ」とか「間違っているよ」ということは言わず、むしろ肯定的でした。所詮、そんな組織の中で生きていくしかない自分達の境遇はありつつも、話はさらに拡大し、日本社会の在り方から、仕事とは、忙しさとは等、話は尽きることがありませんでした。

 

専門性を高めた結果・・・

 

このような感情が日に日に増してくることに拍車をかけた要因には、大学院に通い始めたことだけがきっかけだった訳ではなく、労働衛生での専門性を高めたことも関係したと思います。

 

専門性を高めた結果分かったことは・・・(これ以上書くといろいろと差しさわりがあるのでここまでにしておきますが、長い旅が終わった感じがしており、新たな船出の時を迎えたかなと感じている今日この頃です)。

 

まとめ

 

以上、「大学院の学業と仕事の両立」と言う観点で2022年を振り返った時に、大きな気づきと呼べるものを以下に2つ列挙しました。

 

・何事も楽しんで取り組んでいた自分がいたこと

実際に大学院と仕事の両立は時間的にも精神的にも簡単ではありません。大学院に要した時間数は相当な時間ですし、仕事の繁忙期に重なって大変だったという事実は何も変わりません。ここで言いたいのは「どのように考えて取組むのか?」を真剣に考えて取り組んだことで私は「楽しんでやる」ことができたと述懐しているのです。「楽しんでやる」ことは常々心掛けていることであり、どんな苦しいことも「楽しいことにかえる」ことは私の特技でもあります。この1年を振り返ってもそれができた自分がそこにいたことを誇りに思います。

 

・旅の終わりを感じたこと

皆まで言いません、そういうことです。

 

 

以上